緑道

札幌の花屋さんのブログ いろんな事 書いてます。

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2017.01.27 Friday

老後 とは 何か?  人生で やり残したことを やる? そして いなくなる・・

 「人生って 素晴らしい🎵  ほら・・ 誰かと 出会ったり 恋をしてみたり〜♬・・・」

これは、僕が好きな 女性グループ モーニング娘。 の 『 I WISH 』 っていう 歌の中に出てくる 歌詞なんだけど・・

 もちろん 素敵な出会い や、素晴らしい恋 幸せな生活が ある反面、数々の苦しみや 悲しい別れ も 訪れるものですよね。

  老いて・・  だんだん と みすぼらしく なっていく ことだって 悲しいし・・

 年をとれば いつまでも 健康でいられないのも 目に見えていることです。

  人も 動物も・・  みんな死ぬのです・・

 そんな中、人間は・・   いや・・  私は・・  そして 皆さんは 年をとった後 何をするべきなのでしょうか?

  60歳以上の方の 転職 の 仕方・・  職の選び方 の ひとつの 考え方として

   「人生で やり残したことを やってみる」  というのが、あるそうです。

 これまでの 人生で 時間を犠牲にして いろいろと やれなかったこと・・・

  それを やってみる・・   という 過ごし方が あるそうです。

  これは、仕事だけではなく、趣味でも 同じことが 言えるのかもしれません。

 あの・・  ちょっと・・  非現実的な 視野で 考えてみるとすれば・・

  よく・・  幽霊とかになって 成仏できない な〜んていう 話を聞くと 大抵、その原因として

 誰かに恨みがあるとか・・(理由第一位(笑))   人生に悔いが残った・・とか、   

 残してきた子供たち(孫たち)が 心配で・・だとか (笑)  

   生前、いろいろと やり残したことがあるとか・・・     そんな感じですかね・・www

 僕も 老後は これからだけど  年をとった人が これまで、忙しさの中で やり残してきたことって いっぱい あると思うんですよね・・

  音楽の バンド を やってみたかった・・   どこどこの 山に 登って見たかった・・    ネッシーのいる ネス湖に 一度でいいから 行ってみたかった・・・    

  そして・・・  また、最後にはですね   まわりの 大切な人々に 

 いなくなる・・  という事を メッセージを残していくんだと思うんですよね。

  だからこそ 今を大切にしなさい  ってことも あるんだとは 思うんだけど・・   どうなのかな〜

 その絵を 描き終えるとき・・   本当の お別れが やって来るんだけど・・  

  だとしても 最期まで ・・   

 誰かを 見送るってことは・・ 大きな 大きな・・ 勇気のいる事なのです 

        

  


2016.12.26 Monday

小さい頃 は、『長靴を はいた 猫』 が 好きだった

 小さいころ、家に 『ABCブック』 という 童話集のような 絵本があって、その中で、一番好きだったのが 『長靴を はいた 猫』 だった。

美しい話、悲しい話・・ 素敵な話・・  様々な色を添える 世界中の童話の中で この物語は、滑稽で 愉快で そうして また、痛快な お話だった。

 『フランダース の 犬』 とかも その中にあったんだけど・・  当時は ちびっこ だったから 最後に 犬 も 飼い主も死んでしまって・・・  そんなもの 何がいいのか? さっぱり 解らなかったのだ。(笑)

  もちろん今は、『フランダース の 犬』 は、とても好きな物語のひとつである。

 この物語は 日本人に 特に 人気があるらしい。

  「 この世には 命よりも 大切なものがある 」 と考えると 泣ける 物語なのだ。(泣)

 それは、ともかく  『長靴を はいた 猫』は、この 『フランダース の 犬』とは、真逆な 精神の流れた 童話なのではないだろうか?

  この 物語に出てくる 猫 は、ほんの少し 悪い奴なのである (笑)

 弱いくせに ずる賢くて 嘘つきで 狡猾なのである

  でも、飼い主には 忠実で

 一文無しの ルンペンである 飼い主を 優れた 機知を活かして 大逆転 させ 救うのだ。

  また、そこに至るまでの 道のりが 愉快で 楽しくて 遊び心満点なのである。

 幼き頃に触れた この猫の 物語が  たぶん 僕の 人間形成に 大きく影響してるんじゃないか?・・  と、常々 思うのであ〜る

   『長靴を はいた 猫』 大逆転 を描いた 衝撃のシーン が これだ!   これで いいのか?(笑)

        

  この辺りはみんな〜 ♪  カラバ様の土〜地〜  一本の草も〜 🎶 一本の木も〜 ♬  

  一枚のっ 花びらもっ ♬  ひと吹きの 風さえ〜も 🎶 

  森の〜小鳥も〜 ♩ 一羽〜残ら〜ず〜 🎶   小川の魚〜も〜 🎶 一匹残ら〜ず〜 🎵 

   てきとーー な 歌 、 歌うなっ!!!  ってね〜 (笑) 

  でも、 こういう どんな時でも、追い詰められて 悲壮に考えない! っていう そういう ものの 考え方は ピンチの時には 大切だし

  それに 常識にばかり とらわれていたら 「ああ・・ 駄目だ 駄目だ・・」  って なってしまうから

 天下御免 の 遊び心で いろんなことを 自由に空想してみる・・

  あきらめない      時には、道を 外れてみる・・

 ・・・っていうか どんどん 外れてみる (笑)    三次元的 四次元的に 展開する

   そういう事も 教えてくれた 物語であった。

  それで、少し 大きくなってから  この猫に 似たような 歴史上の 人物が 僕の中に 登場 することになる。

   小学校 3年 くらいの時だったかな?   猫 ・・・ ではなく・・  猿 かな?(笑)

   その実在した 人物 というのは、この人だ!  羽柴秀吉!   若いころの名を 木下藤吉郎

      

 その後も いろんな 歴史上の人物が 話に花を咲かしたけれど

  その話は またの夕べに 語るとしようwww

    本日は これまで・・・   おやすみなされ・・ZZZZZZ


2016.03.19 Saturday

卒園式・・・ いつか 必ず 別れる事! 終わる事 の 悲しさ に曝されながら 前に進む 子供達

  どうしても 普段は 大人の目線で 見がちなんだけど・・・・

 正直なところ 子供達は、ただ ただ そこそこの ワケ しかわからず、その場に 立つのだろう。

  子供は なんでも 一生懸命 になってやる!(笑)

 だから、卒園式も ただ ただ ひたすらに 一生懸命にやる

  感情から 逃げ出したりはしないのだ

 辛くとも やり遂げなくてはならない事を もう 小さいながらも 一生懸命 考えて わかっているからだ。

  だから 歌う

  ただ、ひたすらに 歌いきるのだ・・   

  その歌を 歌い終わってしまった時・・・   ここでの すべてを 失う 事を知りながら・・

  子供達ですら 未来のために 別れの悲しさに 立ち向かう

   ・・・・・・・・・・・・・・

  この子達が 発する このパワー・・・   将来、何に変わるのかな・・・?

        

2015.10.12 Monday

お爺さん お婆さん になっても 生きることに 遊び心を大切に持とう

  これは、結構 真面目な話で、 今まで 出会ってきた 仕事の出来る 人達って言うのが みんな口をそろえて 言うのが・・・

 「遊びは 大切。」 「仕事には 遊び心が 絶対不可欠!」っていうことなんだが・・・

意外と 成功につながる発想とかは 「こんなふうにしてみたら 面白いんじゃないかな?」 とか、あるいは、プライベートな時間に 友人達と 遊んでいる時に ひらめいた! っていうのも 多いのだそうだ。

 だから、それっていうのは、脳が 完全にリラックスして 解放的な状態に なっている時に 思わぬ発想が 浮かんで来たりするって事なのかな・・・?

  また、中には 大胆にも 「自分は 遊びたい!!!」・・と・・・ 「では、自分が 文句を言われずに やりたい事をやって 遊べるには どうしたら いいか???」 ・・っていう わがままな 動機 で 仕事のスタイルや 方向性を 都合のいいように組み立てて 遊びたい一心で 頑張ってしまうという・・・・(笑)

 そういう 強者も これまでに 結構いた。

  むしろ 後者の方が 大物になっている ケースが多い。

 たとえば、社交と称して 飲みに行ったり キャバクラ に行ったりして ・・ でも、その代わり 大きな契約や 仕事を取って来たり・・・宴会を ほどなく 行う事によって、部下のやる気を 向上させたりする タイプの上司が これにあたる。

 また、自分の好きな研究をしたいがために 企業や 大学の研究者や 教授になり、莫大な費用である研究費を 賄ってもらうタイプの人々も こっちの口だろう。

 ・・・でも、僕が 今日、言いたいのは そういうのではなく・・

  いや・・・   そういうのと 同じなのかなぁ・・(笑)

 おじさん おばさん、お爺さん お婆さんになっても まわりの仲間を大切にできて

  そういった、遊び心を持って 面白 おかしいことをやって、みんなで、楽しめたらいいね・・  って、ただ、それだけの事・・・

  別に 歳をとっても おもしろい事、楽しいことは いっぱいあるし・・・

 きっと、子供の頃や 若い頃にあった 以上の 大冒険だって これから 巻き起こるかもしれない・・

  いや、むしろ、これから なのかも 知れないよ・・

 映画『グーニーズ』のテーマ。   この曲の PV って、映画に忠実な 子供達が大活躍する バージョンと、歌い手の ちょっと デブった おばさん シンディー・ローパーが 冒険に 巻き込まれて行くバージョンの ふたつがあったんだけど・・・

 若いころと違って 今見ると シンディが出てる方が 夢があって 面白い 感じもしないではないと思うんだが・・?   みんなは、どうかな?

        

 えっ??  そこで終わり????(笑)・・・って感じなんだけど・・・      

    どうなのかな?

 僕としては、二通りの この後のストーリーがあって、ひとつは、ここで、夢から覚めて、「なんだ、夢だったのか?   よかった  よかった」っていう終わり方と・・・

 あと、もう 一つは、ここで、危機一髪のところで 上にいた 一見 パッとしない ろくでなしの 仲間達が みんな駆けつけて シンディ を 救出し、みんなで、お宝を探し当て ハッピーエンドになるって終わり方・・・

  みんなは、どんなストーリーを連想しますか?


2015.09.27 Sunday

みんな いつか土に かえるんだが・・・

 本当に大切なものは 失ってみて はじめて 解るという・・・

これから みんな 今は あるのが 当たり前というもので 失ってみて はじめて大切だったことに 気が付くものに どれだけ 多く出会うだろう・・・?

  考えてみれば 僕たちは 今まで 平和であることを まるで そこに 空気が あるかのように 当たり前のように感じて生きてきた。

 だが・・  私たちは今、その 平和 という あまりにも ありふれた存在 を 失いかけてはいないだろうか・・・?

 過去の おびただしい数の 犠牲となった人達の命と 引き換えに 得た 平和という花を、私たちは失ったときに はじめて その大切さに 驚かさられるのかもしれない・・

 ひとつだけ みなさんに 警告したい

  失ったものは もう 二度と 取り返すことは できない・・・・・・・・・・

 これは、戦争にいった 恋人を慕う

   ごく普通の 野に咲く花のように どこにでもいる 女の子を 歌った歌・・・

  こうした花々が・・   国を・・  大地を埋め尽くさないことを 切実に祈りたい・・

       

2015.07.06 Monday

80年代 校内暴力・・ 大人たちは どう対応すれば良かったのか?

  1980年代に 全国の中学生たちの 間で 校内暴力っていうのがあったんですよ。

 あのですね・・  僕、その校内暴力の全国的な 先駆けになった 札幌市立手稲東中学校の卒業生なんですよ。

 その世代と ほんのちょっと、ズレてるんですが・・  近所だったんで よく覚えています。

 学校内暴力っていうのは、生徒たちが団結して 先生方に 対して 暴力で挑むっていう ある種の 挑戦だったんだけど・・・

 当時の先生たちって、生徒たちを 戦争に反対して 学生運動とまでは行かないけれど・・・世の中を 変えるべき 革命戦士(笑に育てよう 育てよう とする力が大きかったんです。

 先生方っていうより 世の中全体が、 そういう世代の 人達が そろそろ 社会を動かし 活躍するようになって来てたんだと思うんですよ。

  子供達の見る テレビ番組とかも 力の弱いものが 皆で団結して 強大な敵 (権力)を 困難にもくじけず、とうとう倒す!!  なんていうものが 多く見られました。

   これは、『ガンバの冒険』という アニメ。     ネズミから見て イタチ って強大な権力だよね・・

  当時は、怖かったな〜   のろい・・・・

        

 ・・・ で、子供達は そんな 学校の先生たちの教えを受け、「へぇ〜〜  そうなのか〜〜〜・・」 と 望み通りの 反骨精神のある子達へと みるみる 育って行きました。

  それでね・   ここからが 笑える話なんだけどね・・・

 権力を 恐れずに  みんなで団結して 運動して倒す!!  っていったら・・

  そりゃ〜  中学生から見て 権力って言ったら 学校の先生しか 無いわけですよ!!(笑)

  はじめは、カッコつけて 中学生だから、まだ 弱いので 先生には敵わない・・ と・・

 「ああ いいことだ! いいことだ!!  先生たちは 何者も恐れない集団だ!  昔、暴れたなぁ!  どんどん来なさい。   君たちに 恐れを成さなかった 先生たちのことを 将来、忘れずに 覚えておいてくれたまえ・・

   そして、みんな 大人になった時、機動隊なんか モノともせず、国家や権力に 団結して立ち向かって 革命を起こしてくれたまえ!!」  ぐらいに考えてたんだと思うんだけど・・(見た感じの想像)

  笑学校で 先生と生徒っつったら・・ 頭数が生徒の方が どう考えたって だんぜん 多いわけですよ!!(笑)

 で・・ 威勢のいいはずの先生たちだったのに、イザ 本当に生徒たちが団結して 圧力をかけてきたら ビビりまくってしまって・・ 

 ・・・それで  とんでもない事をやったんですよ・・

 何をやったか? というと・・   

 もう完全に 怖がっちゃって 警察に電話して  パトカーを何台も呼んで、警察を使って 生徒に・・  

「み、見ろ〜・・  君たちぃ〜  た、た、た、大変なことになってるじゃないか〜・・  どうなっても 知らないぞ〜    やめた方が、い、い、い、いいぞ〜〜ぅ・・・ 」  みたいな感じになったんですよ。(事実です)

 それでね・・ 別に 生徒たちは、それで 何が その日から 変わったってことは無かったんだけど・・

ニュースとかでも その出来事が全国的に 大々的に報道されちゃって、その日を境に 先生方が 勝手に敗北感を感じちゃったんでしょうね・・

 オロオロ オロオロ・・ビクビク ビクビク・・ 生徒たちに 恐怖心が付いちゃって

 生徒たちがチラリと見て 笑いながら ヒソヒソ話しているのも なんだか自分の悪口を言ってるように聞こえるくらいになってしまって・・

  だんだん だんだん 学校全体が ボロボロになっていって、学級崩壊・・  学校崩壊していってしまった・・  というオチなんですが・・

  スゴイ話でしょ・・?    そんな こんなで 札幌市立手稲東中学校って、学校内暴力が全国で 先駆けになっちゃった学校なんですよ・・

  それでね・・  最終的に その騒ぎは どういうふうに収まったか?  というと、

 いろいろ あったんだけど・・   学校の隣に その区の 警察署が建ったんですよ(笑)

 わざわざ 建てたんですよ〜〜

  それで、核兵器でも落とすような感じで 生徒たちを沈黙させたんですよ。

 それだけでなく その他にも おっかなくなっちゃったんで・・ ゆとり教育にして 育てゆく方向に 180度 変えたみたいな・・・

 でも・それでいいんでしょうか?    

 今は、学校内暴力も 学級崩壊もなくなって・・  その代わり イジメになったのかな・・?

  どっちにしろ 先生方は・・  機能してないっていうか・・?  見て見ぬふりっていうか?

でも・・ じゃあ・・ あの時、先生方は どうすれば 良かったのか?  と・・・今でも みんな 引っ掛かってるところがあるんですね・・

 で・・ 今日は、僕は これが一番書きたかったんだけど・・    警察 なんか どうだっていいんですよ・・・   その後からでもいいから 先生たちは負けてないで

  身体を鍛えて この先生みたいに 生徒を真っ向から 指導して いけないものは、いけない! って 教えてあげるべきだったのではないでしょうか??

  絶対、そうだと思うけどな〜〜  みなさん どう思いますか?     

        

2015.02.17 Tuesday

高校受験は失敗しても ぜんぜん問題ないよ。 僕は昔、高校受験の時、私立高校も 公立高校も 両方おちた・・

 姪っ子が 今日、私立高校の受験に行ったらしい。  

うちの姪っ子は 勉強が かなり出来るそうで、札幌で 一番上の 東西南北の 4校・・ つまり 東高、西高、南校、北高 どこでも 問題なく入れるのだそうだ。

 それで、姪っ子は 余裕をみて その4校の中で 上から 2番目の学校に行くのだという。

 それを聞いて 僕は、随分、贅沢な 選択だな〜 と思うのである。(笑)

 僕なんかは、高校受験の時、公立高校も私立高校も 両方落ちて・・・(笑)

 ずっと、大人になってからも そのことが トラウマになって 生きてきたのだった。

・・・で、当時は、両方とも落ちて 「自分は恥ずかしい」っていうふうに思っていて・・

 随分と 人生を損して生きてきたな・・  と今にしてみれば思うのである。

 そんな すべり止めも両方 落ちるやつなんか、クラスでも ほとんどいないし、「みんな 自分のことを 今頃 どう思ってるかな?」 っていうのが 中学を卒業するころの自分にとっては えらい気になって わたしの繊細な心は、(笑) あの頃 随分と 傷ついたものだったのだ。

 自分が・・ というよりも あの時は 親が落ち込んじゃって・・

母などは特に 知らせを聞いた直後、ヒステリー状態に陥り、近所の人たちに恥ずかしいという事で 買い物に行き しばらく外に出なくても食いつなげるよう 食料を いっぱい買ってきて、急に おじさんに 電話して相談しだすし・・

 発表を見に行ってくれた父は、僕の受験番号がないことを確認したのち、母に電話連絡し、その後、地下鉄のベンチに座り、どうしたら良いものか・・ と しばらく うつむいて考え込んだと聞かされた。

 そうやって、さんざん 母から 今、どこも 行く高校のない状況にいる僕が 置かれている立場は、滅茶苦茶 異常な状態なんだという プレッシャーをかけられ・・・

うちの親戚は、みんな出来がいいのに 僕は 家庭教師を付けても こんな結果になってしまった・・ということを 大騒ぎして 布団に寝込んでしまうありさまで・・

 あの時は、えらい大変だった。

 今、この年になってみれば、ハッキリと解るんだけど・・

 高校なんか どうだって いいんですよ…  (笑)

  どこでもいいから 行けりゃ〜いいし

 行かないんだったら 別に 行かないでもいいんですよ。

  後で、年を取ってから 入れる高校だって いっぱいあるし

 別に 通信教育の高校を卒業して 大学に行くことだって なんぼでも出来るんですよ。

 あの 先日、エベレストの登頂に成功した 三浦雄一郎さんの クラーク記念国際高等学校だとかも・・・ 逆に 社会に出てから 「ああ! あの 三浦雄一郎さんの学校ですか?」 って、すぐ解ってもらえるので 有名校に行けたことになるじゃないですか?(笑)

 ・・・っていうよりも 僕は、三浦雄一郎さんが 登頂した時の映像を集まってみていた生徒さんたちの あの 誇りと夢に満ち溢れた目・・・

 誰もが普通に過ごす高校生活の 3年間の中で 一度でも ああいう目を 見せることのできる人、あるいは、出来た人 っていうのは 日本人全体の中で いったい どのくらい いるのでしょうか?

世界最高齢80歳でエベレストの登頂を成功させた三浦雄一郎さんにクラーク記念国際高­等学校 東京キャンパス パフォーマンスコースの生徒がエールを込めて送った応援ソング。

 三浦さんは、帰国後この曲に背中­を押されたと語った。

 

        

 僕が 高校受験に失敗した後、どうしたか? っていうと・・ 結局、その年、合格者が足りなくて二次募集があった、北星男子高校っていう名前の男子校に行くことになりました。

 男ばかりの 気楽な学校でした。     とてもユニークな先生方で いい学校でしたよ。

 今は、男女共学になっています。

・・・で、そこで勉強して 大学に行ったわけです。

 さて・今日の 話は ここまでです。

 下にアニメの動画を貼りますので 時間があって見れる方がいたら ご覧ください。

 すっごい 古いアニメで、今見ると いろいろ おもしろいですよ。

水島 新司(みずしま しんじ)さんっていう 『ドカベン』とか『あぶさん』っていう 野球漫画を描く方の作品で 1970年から1975年まで『週刊少年サンデー』で連載された 『男どアホウ甲子園』という名のアニメです。

 おもいっきり 昭和臭のするアニメですが、何が どアホウかって・・この主人公も高校受験に失敗するんですよ。

 高校に行って 野球がやりたかったんですね・・

ところが 思いっきり無鉄砲な奴で 滑り止めの高校に受験願書を出していない・・というありさまなんです。(笑)

 でも これで、この主人公は、水島 新司の描く 膨大な数の野球漫画に出てきた 登場人物の中で 一番 速い球を投げるキャラクターなのだそうです。

水島野球漫画 の中では

 第一位 藤村甲子園 (男どアホウ甲子園)MAXスピード、163Kぐらい(大甲子園にて)

 第二位 中西球道  (一球さん)    MAXスピード、160Kぐらい(大甲子園にて)

・・との事だそうです。

 ・・・・で・・だからね・・ 言いたいのは、ドアホ だって バカ だっていいんですよ!!

  人間、何か ひとつくらい 取り柄があればいいって事です!!(笑)

        

 おもしろいでしょ?

 家庭内暴力はあるは・・   大人より やけに しっかりした ちびっ子はいるは・・




2015.01.27 Tuesday

エベレスト デスゾーンにみる 死と向き合う人々

 エベレスト山頂付近は 人が生存することができない 死の領域・・ すなわち デスゾーン だといわれている。

 そして、ここに足を踏み入れる者は すべての 身に降りかかる出来事において 自己責任 で対応し 受け入れなくてはならないという。

 酸素ボンベ無しで 呼吸することすら困難で 極度の低温、一年のうち ほとんど吹き続ける 猛吹雪。

 トラブルが起これば すぐに死が待ちうけていて、他の者たちも どんなに助けたいと思っても 助けるだけの余裕がない。

ヘリコプターも頂上までは 上がれない。   一年中 ほぼ 強風だし、地上から エベレストの頂上まで 酸素ボンベ無しで 上がって 人を立たせたら 肺に異常を発生させてしまうからだそうだ。

 だから これまでに 登頂に失敗して 命を落とした人の ほとんどは、そのまま 倒れたままになっている・・  いや・・ むしろ 死体は 山頂を目指す人々の 道しるべの 目印になっているのだという。

 



        

 


 父が肺癌の宣告を受けたときは、やはりショックだった。

そうして 僕は それからというもの より 人の死というものを 身近に感じるようになった。

 この エベレスト山頂付近 の 惨状・・ リアルな現実にしてみてもそうだ・・

 ところが ここでいう 死というのは 誰もが 一度は経験する、特に なんでもない、小学校の入学式や 成人式・・  そういった 人として 必ず通過する 当たり前の行事なのである。

 特別なことじゃない。

   みんな いつか そうなるんだ

 だから 現実に エベレストの山頂付近 デスゾーンにいて 仲間が リアルに そんなになってゆくところを・・  僕は できるだけ 現実に近いビジョンとして感じてみたかったのだ・・

 この人たちが 特別に 悲劇的なワケではない。

 そうだよ・・  人って全員 そうなるんだよ・・ って事を感じるために・・

 そうしたことを 疑似体験することによって 少しでも これから起こる衝撃を 和らげたいために・・・



        

 


ひとつめの 動画の中で エベレスト デスゾーンで亡くなった セルゲイ と フランシス 夫妻のエピソードが出てくるが、その詳細について 書かれた サイトがある。

 超人的な体力を必要とする 男性の領域ともいえる このゾーンに 挑戦していた フランシスと同じ女性登山家が 自分の登頂を中断し どうにかして 彼女を助けようとした・・

 推測ではあるが フランシスは おそらく脊髄を損傷し 下半身不随になっていたものと思われる。

   こちらのサイトです   ↓

https://sayakafromrice.wordpress.com/2014/03/13/%E3%82%A8%E3%83%99%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%A7%E9%81%AD%E9%9B%A3%E6%AD%BB%E3%81%97%E3%81%9F%E5%A4%AB%E5%A9%A6%E3%81%AE%E4%BD%9C%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%AA/



2015.01.08 Thursday

父が 日中 痙攣 を起こす


 ゴメン お父さんのいない ご家庭で 育った方には 今日の記事は あまり いい気分で読めないことと思う。

 どうか 許してください。 

でも、これは、僕にとっては とても大切な 日誌なのです。   そう 自分に 言い聞かせるために・・・

 うちの父は 東京明治大学 出身 で、ゼネコン の 大林組に勤めていた。

子供のころは、父のそうしたところが 自慢だった。

 しかし、僕は 出来が悪く・・  学歴では 父母の期待には 応えることができなかった。

社会に出てからも然りだ。(笑)

父は 高校時代は 相撲部のキャプテンだったという。

 今でも 親戚で集まると お年寄り 連中から「俊彦さん といえば 相撲だ。 あれ?  確か 北海道全道大会 で 1位 だったか? 2位だったか?」 と言われ続ける。

 でも 僕もそれには応対できる。  小さいころから 耳にタコができるほど 何度も 自慢され続けてきたからだ。(笑)

明治大学では 柔道部にいたらしい。    結構、強かったらしい。

 相撲で 全道大会で 2位 という強さだったから昇段審査では 柔道の技を そこそこ 一夜漬けで教えてもらっただけで2段だか 3段候補 の人を 何人か あっという間に投げ 黒帯をもらってきたという。

 そうした父の 力の強さの秘密は、学校の勉強の傍ら うちの漁業部で、くる日も くる日も 燃料の ドラム缶 を押し転がしていた・・・   という・・・  ただ、それだけの事だったという。

 ところが それが・・  ものすごい力が つくのだ という。

燃料が 入った ドラム缶を 現在であれば 人間が転がして船に乗せるなんて 危険すぎるという事で 絶対に許可なんておりないし・・  下手をしたら 経営者は逮捕されてしまうかもしれない。

 そんなこんなで とにかく 父は、当時としては背も高い人だったし、怪力もあったので 怖いもの知らずだった。 

 大林組に入ったあとは、姫路だとか そうしたところで働いていて 現場に ヤクザが来たりして そういった タチの悪い人たちと 渡り合っていた。

 要するに 大林組に お金をたかりに来たり  現場の労働者の誰々を 引き渡せとか ・・ そういうことが 当時は しょっちゅう あったらしい。

高度成長期 当時、姫路のヤクザは 相当荒っぽかったという。

 僕の事を いつも見て 知っている人には、そうした うちの父親の事が 信じられないかもしれない。

 父は、どんなに脅されても 絶対に 恐れない人だった。   たぶん 今でも そうだろう。(笑)

 頑固で 頑固で  いう事を聞かない。

 まったく 昭和一桁 は頑固だ。

 そして 自分のやるべきことを しっかりとやる。

 どうも 悪人というのは そういう人には、危害を加えることが 出来ないようなのだ。

 そうして 父は すっごい目をして睨むのだ。   すると どんなに恐ろしい人でも縮こまってしまうのだ・・・

僕とは 正反対の タイプの人間である。

 正直、そういうときの父は 何度か見たのだが 怖かった

 でも、ものを・・  文章を書くことや  おしゃべり をすることは大の苦手で・・

実力が無くても 要領のいい人たちには どんどん 抜かれていく人だった。

 だから いつも 現場で 黙々と仕事をする人だった。

 しかし そういう父を 僕はとても尊敬していた。

 そんな父も 年を取り 数年前に 脳梗塞を患い いまは、右半身が動かず、ガリガリに痩せて ガイコツみたいになっている。

 昔は大酒のみの酒豪で いくつもの武勇伝を持つ父も 今は、一滴も お酒を飲まなくなった。

 食べる量も極端に少ない・・・・

 それでも 昨年までは、不自由な体で 春先にはスコップを持ち 片手だけで 雪割りをしたり 母の代わりに 茶碗洗いをしてくれたりしていた。

 しかし、去年の秋ごろだったか、しりもちをつき 圧迫骨折っていうのか・・?  あれをやってから 様態が どんどん悪くなっている。

 元気も まったくない。

 父の脳梗塞の 原因は まぎれもなく 僕のせいなのだ。

僕が、ストレスをかけ 父を あそこまで 追い込んでいったのだ。

でも なんとか 最後に 父を安心させてやりたい・・  だが いまのところ光が見えない。

 もちろん あきらめてもいないし、何とか突破口を開こうと考えている。

でも・・ 如何せん 一人では どうにもならないのだ・・・

あと、今、どうにかして 超えようとしている自分自身の壁があって・・  ただし、それを乗り越えたからと言って 先が開けるとは・・とうてい思えない現状だ。

 そんな矢先  今日の日中・・   父は 痙攣を 起こした。

 10秒ほどで もとに戻ったらしいのだが・・・

父は 僕のために 懸命に 生き続けてくれている。

 昔見た 『ふるさと』というタイトルの映画。   見た目の 今のうちの 父は、こんなヨボヨボの おじいさんに なってしまった。

 なんか ソックリで親近感が持てる。    でも、こんなに歩けないし こんなに元気じゃない。

父は 状況が これより ぜんぜん悪い。 でも いいんだ・・ 

ただ ただ 必死に生きてくれている。   それだけで うれしいんだ。

 

       

2015.01.06 Tuesday

みんな イジメについて どう思う?

 

 知っている 小学生の子が、函館で イジメにあっていた話を聞かされた。

その子は、親の転勤で 札幌に転校することになった。

 クラス中の子達は その子が イジメから解放されるので きっと 喜んでいるだろうと思ったようで それが おもしろくなかった。

 その子が イジメられていた間、それでも そっと 影から やさしくしてくれていた たった 一人の友達がいた。

 「あんた が転校したら 今度は、その子を 全員で イジメてやる。」と 意地悪そうな笑みを 浮かべながら その子に話して 別れの はなむけ にした。

 みなさん この記事を みなさんが読んでいる 今頃、函館で その 次にイジメられる子は 間違いなく、つらい思いをしているだろう。

 よく そんな意地悪を  考え付くものだ・・

 その子も 転校した後も、そのあとの人生も ずっと そのことを 時々思い出し、生きていくことになるだろう・・・

        

 ところで 僕には妹がいる。

妹は 体が不自由で クラスから イジメられていたことは知っていたが・・  

それが、後になって 実は、かなりひどい イジメ だったと知った。

 中学の時に イジメられていたのだと 思っていたのだが、実は 小学校のころから 始まっていたという事を後から聞かされた。

 小学 一年生の時から 一緒にいた 近所の 女の子の友達と いつも 一緒にいたのだが その子が ある日、転校していってから それは 始まった。

 でも、その後、一緒に いてくれる 仲のいい子がいたのだが・・・

 あるとき、遠足か何かで歩いていて みんなから 歩きながら 蹴りを入れられ イジメているとき、とうとう その仲の良かった・・  たった一人 優しかった 最後の友達も 妹を うらぎって 身体が不自由で 「気持ち悪い」 と言って 蹴りを入れてきたらしい。

 その日、妹は泣いたという    喉の奥から 絞り上げる声をあげて・・・

        


そうして 数年間にわたり 陰惨なイジメが 続き、中学のころには 目も当てられないほどになったらしい。

 僕は、そのころ 高校に通っていたから 最後の方しか 聞かされなかった。

 イジメられる子は 意外と イジメられることは 恥ずかしいことだと 勘違いしてしまって、家族には なかなか 相談しないのだそうだ。

 うちの母も 懇談会で 違う お母さんから 聞かされて 驚いて・・  それで はじめて 数年にわたり 妹が イジメにあっていることが解ったらしい。

 で・・その後、いろいろと 話し合いが続き 妹が 親にチクったという事になり・・猶更、騒ぎが大きくなって 最後は どうなったのか?  というと 結局・・・

 妹は みんなと一緒に 学校に行くのをあきらめることにしたのだ。

  一人で 勉強して  自分 ひとり の卒業を して   これからも 自分一人で生きていくことに決めたのだ。

・・妹はたぶん 数年にわたり 地獄のようなイジメにあい 苦しんで苦しんで 一度は壊れもして、自分の中で ある 結論に おそらく あの時 達したのだと思う。

 もう 本当に スッキリして クラスの みんなに これからの自分の生き方と お別れを告げたのだろう。

 ところが そうなったら今度は、これまで イジメていたクラスの みんなが 急に 手のひらを返したように オロオロしはじめて、毎朝、クラス全員で・・   全員でですよ

妹を朝、迎えに来るようになったのだ。

 それって勝手な話で  もう・・今更って・・・ 感じだったんだが・・・ 妹は学校に 戻ることにした。

 もう そのころには 本当に 妹は どっちだって 良かったんだが・・・・・

 それからというもの 妹は、人を なんていうのか 怖れなくなった。

 妹が結婚する 少し以前・・   たまたま 家で家族旅行に行ったことがあった。

それは、ツアーで行ったんだけど、同じツアー客の中に ちょっと、気の強そうな お仲間を連れた 意地悪そうな お姉さんがいた。  

 あるとき チャンスを見計らって 数人で 妹を囲んで ちょっとした 嫌な言葉を 言い始めたのだ・・  結構、プレッシャーを かけてきたんだけど

 ところが それに対して 妹は・・・  自然に・・   実に平然として

 淡々として ニコニコしながら 普通の会話をしていくのだった。

 その姿は 兄の僕が見ていても ちょっと 怖かいものがあった。

それは、頭が おかしい子を見るのに ちょっと近いような恐怖心だった・・・

  もちろん妹は 頭がおかしいわけじゃないし ぜんぜん普通の会話をしているんだけれど

 意地悪な物言いに対して  まったく、恐怖を感じず 堂々と ニコニコとしながら それに受け答えをしている姿って、みんなが考えているより ずっと恐ろしいんだ。

 すると いじめっ子 と その取り巻き達は みるみる表情が こわばって、おまけに ちょっと たじろいだ様子で 後ずさりして、そのあとは 立場が おかしなことになり ずっと 妹より下の力関係になってしまった。

 あのね 真実を言う

 心の底から 相手を怖がらないで ニコニコしてる人って おっかないんですよ・・

 これはねぇ  今、これを読んでいるみなさんにはわからないと思う。

 それは、僕の 表現力の乏しさが原因なんだけど

あの いじめっ子 の お姉ちゃんは、たぶん それまで 経験したことのない 恐怖心を妹から感じたと思う。

 あれはね 本当に ビックリしました。

 しかし、これは、良くなるか?  悪くなるか?  本当に紙一重の問題で、妹は 苦しんで 苦しんで 悲しみつくしてしまって ある意味 心の中で 一度は何かが壊れて そうなってしまったんだと思うのだけど・・

 多くの場合、そうはならない。  

 本当に 多くの場合は挫折して 復讐したいと考えると思うし 親たちも 子供のころ そうしたイジメの問題を解決せず 未解決のまま 大人になり 子供を作ってしまったので対応できないというのが現実だ。

 もし、この世の中 どうしても 正義が正しいというのなら

 今の状況では アニメの『地獄少女』や 『必殺仕事人』みたいな システム は、どうしても必要になる。

 でなければ なんだかんだ言って イジメっ子たちの言うように 悪い奴らばかりが成功する世の中になる。

 なぜなら みんな悪い奴らが なんだかんだ言って 怖いからである。



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